ローマから吹く風第32号
イタリア統一の英雄ガリバルディ/大晦日の大騒ぎ

 
目 次
1.はじめに イタリアの小さな英雄
2.イタリア統一の英雄ガリバルディ
3.大晦日の大騒ぎ
4.旅の情報:市街地への車進入禁止
5.あとがき

1.はじめに イタリアの小さな英雄

 イタリアという地名に定説はありません。ただし古代ギリシア人が南部イタリア半島に到着した際に、イタロスという民族がいたことが語源となっているとアリストテレスは主張していたとのことです。実際にイタリアが国として統一されたのは日本の明治維新の頃でした。ローマ帝国が無くなって以来、国土が統一されたことはなかったのです。
 
 かつて小学生向きの絵本に「イタリアの小さな英雄」というものがありました。世界大戦の前イタリアはヨーロッパでも貧しい国の一つで、新大陸アメリカや、フランス、イギリスなどの工業国に多くのイタリア人移民が押し寄せていました。その頃、夜行列車の板張りの3等寝台の一つに幼い兄妹が食事もとらずに肩を寄せあって乗っていました。
 回りの大人達(といっても貧しい労働者達)は聞きました。なんとパリで働くお父さんとお母さんのところに二人っきりで行くところでした。気持ちが動かされた大人達は自分の食べ物を分けてあげたり、小銭を渡しました。小さなお兄ちゃんは、丁寧にお礼を言いました。小さなお兄ちゃんが夜、目をさますと、酔っぱらった大人達の話し声が聞こえてきます。イタ公のおかげで仕事が無くなる、あいつらはヨーロッパのクズだというイタリアの悪口ではありませんか。それを聞いた小さなお兄ちゃんは、大人達の前に立ち、貰ったお金や残りの食べ物を投げつけ「イタリアの悪口を言うお前達から施しを受けない」と叫んだということです。ハッと気付いたオジさんたちも、ばつが悪そうに沈黙しました。
 
 これはイタリアがようやく統一され国づくりが始まった頃の話です。今でもイタリアに行くと、庶民が難民に優しいのをよく目にします。そんなに遠くない過去のことが思い起こされているのかもしれません。(上写真はイタリア少年を象徴するピノキオ)

2.イタリア統一の英雄ガリバルディ

 中世以降、イタリアは小国に分裂し、各国家はオーストリア、スペイン、フランスの後ろ楯で権力争いが行われていました。このような中で、19世紀にイタリア統一運動が発生しました。イタリア語の統一運動からリソルジメントと呼ばれています。このリソルジメントの中心となったのがジョゼッペ・ガリバルディ(1807年-1882年)の加わった青年イタリア党です。
 
 1848年にヨーロッパを席巻した革命運動の際には1849年に青年イタリア党により一時的にローマ共和国を樹立されますが、フランス軍によって滅亡させられます。このローマ共和国防衛軍を指揮したのがジョゼッペ・ガリバルディです。
 1859年に、サルディーニア王国を基盤としたイタリア独立戦争が開始されました。ガリバルディは1860年、私設の千人隊(赤シャツ隊)を組織してシチリアの反乱を援助し両シチリア王国を滅ぼしました。その後、ナポリに進軍し、征服地をサルディーニア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世に献上しました。この結果、1961年にイタリア王国が成立しました。サルディーニア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世は初代イタリア国王となります。
 
 イタリア王国成立後、ガリバルディは政治家となることなく、晩年をサルディーニア島の北西にあるカプレーラ島で過ごしました。イタリア統一の英雄ガリバルディにはたびたび王国や議会から受勲や議席が申し出られましたが一切受けることなく、隠居生活を送り、国民に敬愛される中、1882年に亡くなります。
(上写真はイタリアの国父ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世を讃えて作られたヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂)

3.大晦日の大騒ぎ

 イタリアでは年越しに家族・友人総出で大晦日の大騒ぎパーティをします。これは24日、25日のクリスマスとこれに引き続く12月26日のエルサレムでの最初の殉教者・聖ステファノの日の3日間が静かなファミリーのイベントとなっているのと対象的です。レストランでの食事だと、安いところでも一人80ユーロ以下はあり得ません。ということで一般の庶民は、食べ物を持ち寄り、どこかの家を会場として、親しい友人たちも集めパーティをします。ローマのMidoromaさんのうちも友達のうちに出かけます。
 
 子羊はローマのお祝いごとに欠かせないアイテム。トラットリアで育ったこのお友達は子羊の解体がお得意。頭と四肢を分け、ローズマリーノ、ニンニク、塩、オリーブオイルで味付けをしてオーブンに入れます。さらに子羊の内蔵をベネツィア風に調理。
 カフェやバールでは政治談義、スポーツ、日常生活情報が行き交い、話しをすること自体が楽しみとなっています。行き交う仲間達とわいわい過ごす楽しいひとときです。当然ファッションには気を使う社交場です。安い立ち飲みカフェを楽しみ,店を渡り歩くのもイタリア人の醍醐味の一つ。また散歩道にはジェラート屋があり、そこでジェラートを楽しみ、バールでカフェを飲んで口直し。街中にジェラート屋が数多くある理由もここにあります。
 このようにカフェやバールはイタリア人には欠かせない社交場の一つとなっているのです。いわばカフェ文化があるといっても良いでしょう。ここでローマッ子御用達のカフェを一つご紹介します。ローマッ子が最も愛するテベレ川の向こう岸・トラステベレにあります。名前はバイロンカフェ。何も19世紀のイギリス大詩人の名前を付けているのはご愛嬌。クラッシクでありながらモダンなカフェです。ローマにお寄りの際は,是非お立寄りください。
 
 奥様連中が作った三種類のラザーニャで開始。オーブンから出てきたホクホクの子羊と、ポテトと腸詰めのオーブン焼き。生ハムもスライスされます。ポップミュージックをかけ、大スクリーンで映し出す。もちろんカラオケも交えて大騒ぎ。
 
 午前零時に花火は欠かせない。ナポリでは毎年花火で死者が出るそうですが、普通は安全に行われます。イタリアのお祝いでお決まりのスプマンテ(白ワインの発泡酒、シャンパンのようなもの)で乾杯し、花火をし、レンズ豆をたべねばならない。みなお腹が一杯だから、「食べたい?」と聞くとだれも食べないので、聞かずに配る。これで、伝統を信じるならば、来る年はお金に困らないはず。(毎年食べ方が足らないのかな。。。。。)
 
 詳しくは→http://www.ivc-net.co.jp/cult/kaze/243.html

4.旅の情報:市街地への車進入禁止

   ローマ、フィレンツェ、ミラノといった大都会はどこも待ちの中心部への一般車の進入が禁止されています。許可車とタクシー、バス以外は入ることができません。破ると罰金が課せられます。もちろんどの道にも警官がいる訳ではありません。カメラで撮影して、後日請求がおこなわれます。気がつかずに進入禁止エリアに入ることがあるので、レンタカーを使う旅行者は特に注意が必要です。
 
 ローマではコルソ通りやコンドッティ通り、パンテオン,ナボーナ広場、スペイン広場等、ローマの旧市街が特別の許可車以外は車両進入禁止となりました。観光バスも大型のものは侵入できません。(右写真)
 
 フィレンツェではウフィツィ美術館やシニョーリ広場、フィオーレ教会等の主要観光先のあるフィレンツェ・アルノ川北岸の旧市街地区が特別の許可車以外は車両進入禁止となりました。観光バスも大型のものは進入できませんのでご注意ください。
 
 詳しくは→http://www.ivc-net.co.jp/info/data.html#street

5.あとがき

 イタリアでは1月6日を魔女にちなんだベファーナの日と呼んでいます。この日が過ぎると復活祭まで祭日がありません。クリスマスから始まったお祭りシーズンが終わる、いわば締めのお祭の日です。次回はベファーナの日とイタリアの名物、サンダニエーレの生ハムをご紹介します。(下写真は魔女のベファーナ人形)
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