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 HOME>イタリア情報> メールマガジン"ローマから吹く風">第1号(2015年6月17日発行)

第1号:カエサルのフォロ再現イベント/カエサルの逸話“息子よ、お前もか”

 
目 次
1.はじめに 創刊のご挨拶
2.カエサルのフォロ再現イベント
3.イタリア人にとって英雄とはカエサル
4.カエサルの逸話:“息子よ、お前もか”
5.旅の情報 ミラノ万博にちなむ最後の晩餐の特別公開
6.あとがき カエサルの逸話は続く

1.はじめに

 イタリアンビデオコレクションは、イタリアでの日本向けのテレビ取材をコーディネートする専門会社として出発しました。現在では、これまでテレビ取材で培ったイタリアでの交渉力をベースに、現地在住の日本人スタッフがビジネス・料理研修・現地での買付け・旅行に至るまで、お客様をサポートしています。イタリアには、日本の方が知らないカルチャーがあり、陽気で明るいイタリア人がいます。このイタリアのハートに触れていただく事こそ、私どもの願ってやまないところです。メルマガの第1号はカエサル(シーザー)です。イタリア人が今でも愛し続ける英雄・カエサルを題材にしました。

2. カエサルのフォロ再現イベント

 2015年4月25日から11月1日まで、ローマ市の主催で、トライアヌス帝の広場において、映像を使ってカエサルのフォロを再現し、カエサルの解説を行うイベントが行われます。現存する建物をスクリーンとして、カエサルのフォロとして僅かな痕跡を残している建物、あるいは全く見えなくなってしまった建物をCGを使って映写し、カエサルの時代を解説します。このイベントは、始まりが、大体、夜の9時以降です。何でそんな遅くと思われるかもしれませんが、ヨーロッパは緯度が高く、日没が9時前となるからです。(日没は6月30日で午後8時50分です)

 皇帝達のフォロ・フォロインペリアリの中で、最も古くに建てられたのが、カエサルのフォロです。カエサルのフォロは、政敵ポンペイウスを打ち破り、カエサルが絶頂期にあった時に建設が開始されました。165m×75mの規模で、両側に騎士階級のオフィスがあり、国立図書館、学校が設置され、中央にはカエサルの騎馬像が置かれていました。フォロの奥には、神殿が設置されていたとのことです。祀られていたのは、ユリウス氏族の祖とされる愛と美の女神ウェヌス(ヴィーナス)だったということです。カエサル暗殺時には、仕上げ段階で、カエサルの後継者で、初代ローマ皇帝のアウグストゥスが完成させました。

 イベントの詳しい情報は→こちらから

3.イタリア人にとっての英雄はカエサル

 古今東西、種々の英雄が世界のあちらこちらにいます。それぞれの伝説も残されています。しかし、実在が確認され、人間の欲望に素直で、奔放な英雄は、カエサルの他にいたでしょうか。しかもカエサルの生きた時代のローマは、内乱の1世紀と呼ばれる時代で、親子、兄弟でさえも殺し合いを繰り返す、血に塗られた時代でした。カエサルがその禍中にいたことを知ると、カエサルの個性の素晴らしさに驚嘆します。ある意味で、カエサルは、伝説を越えた存在です。カエサルの生き様は、現代であっても通用するものです。今でもイタリア人の心の中に生きています。イタリアの男達はカエサルが生きた目標であり、女達にとっての憧れの男です。生きている英雄と言えるでしょう。作家の塩野七生さんが、カエサルに惚れ抜いた気持ちが良くわかります。

4.カエサルの逸話:“息子よ、お前もか”

 カエサルの特徴は寛容さです。この時代に、政変が起ると、敵方を徹底的に粛清し、処刑するのは、普通に行われていました。カエサルの養子で後継者になったアウグストゥスですら、当時の元老院議員の1/3に相当する300人の元老院議員と2000人の騎士階級を処刑しました。カエサルの外伯父(カエサルの伯母さんの夫)マリウスが元老院派を粛清した時は、ローマの政治の中心で、市民が集うフォロの演壇には、処刑された元老院議員等の首が並べられました。
 カエサルはこのような粛清と無縁です。降参して来る相手の命は助けています。それどころか、有能な相手は、取り込み、自分の傘下で処遇しました。政敵であった元祖弁護士と言われるローマ最大の知識人キケロを生涯敬愛し続けます。ちなみにキケロは、アウグストゥスの処刑名簿のトップでした。後継に選ばれた当初は、キケロを「国父」と讃えたアウグストゥスは、あっさりとキケロを処刑します。そんな酷薄な時代だったのです。
 カエサル暗殺を実行した14人のうち9人は降参した政敵ポンペイウス派でした。作家の塩野七生さんは、暗殺者達は、カエサル体制の中で、将来はないと思った可能性を示唆しています。カエサル暗殺を実行したデキウス・ブルータスはカエサルの腹心中の腹心で、遺言でカエサルの第二番目の後継者に指名されていました。デキウス・ブルータスが、暗殺後、遺言状で後継者に指名されていたことを知って、顔色が土気色になり沈黙に沈んだということです。
 ちなみに「ブルータスお前もか」という有名な言葉は、実は「息子よ、お前もか」であったとの説があります。暗殺者の一人で、カエサルの生涯の愛人セルヴィリアの息子(カエサルとは血がつながっていません)マルクス・ブルータスではなく、デキウス・ブルータスを指していたのではないかとの説があります。なぜなら、マルクスは、愛人の子であったことから、カエサルに処遇されるのですが、反抗を繰り返していました。このようなことから、アウグストゥスに次ぐ2番目の後継者(息子)であったデキウスを指したのではないかと言われています。
 当時、ローマの重要な官職は、ローマ市民の選挙によって選ばれていました。カエサルは、この市民の支持をベースにのし上がりました。ある意味で、市民の歓心をかったとも言えます。このような政治姿勢のカエサルと、暗殺者のようなローマの特権エリート層では、政治意識に差があったということです。暗殺者達は、国父であるカエサルを殺害した自分たちが、「父殺し」と呼ばれるとは、想像できていなかったのです。一方カエサルも、優れた人達にありがちなことですが、自分なら当たり前のことが、他の人は理解できていないことがあることを十分判っていなかったことです。特に”ひがみ”の部分を。後継者に選んだデキウスが暗殺者であったことは衝撃だったと思います。そうするとシェークスピアが悲劇とした意味が良くわかります。

 ローマに詳しいコーディネータは→こちらから

5.旅の情報:ミラノ万博にちなむ最後の晩餐の特別公開

 2015年5月1日から食をテーマとしたミラノ国際博覧会(ミラノ万博)が開始されました。これは2015年10月31日まで開催されます。この開催期間中、最後の晩餐の公開時間が変更となりました。木金土日は午後10時まで(最終入場9:45)、月曜日は午後も開館しています。

 最後の晩餐の見学は→こちらから

6.あとがき カエサルの逸話は続く

 次回は、古代ローマの浴場であるカラカラ浴場で、なんと1937年から毎年恒例となっている夏の野外オペラの紹介です。でも、カエサル好きにとって、カエサルの逸話を書き始めると、止めようがありません。今後も、ローマを紹介する中で、折にふれて、英雄カエサルの逸話を紹介していきます。

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