ローマ観光ガイド









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ルネサンスの芸術をローマでじっくり見る

 ルネサンス芸術は、遠近法のような科学的基礎を絵画に与えたことにより、絵画は、立体感と物質感のあるものになり、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロのような芸術家を生み出したと言われています。美術史においてルネサンスの最盛期は、1450年から1527年のローマ略奪迄です。
 このうち前期はメディチ家の支配するフィレンツェで展開されました。メディチ家のロレンツォの死後、華美なものを否定するサヴォナローラの神権政治が開始され、フィレンツェの繁栄は衰えます。そのため後期は教皇をパトロンとしたローマで展開されました。ミケランジェロなどの芸術家もローマに拠点を移します。ヨーロッパにおいて神聖ローマ帝国の権力が落ちてバチカンを中心にした教皇の政治力が上がった時期でもあります。政治の中心がローマになり、また、イタリアがヨーロッパの文化の中心になりました。
 ルネッサンスを知るには、中世からの流れで把握していくのが理解を深める最上の方法です。

 教皇と皇帝で争った中世時代の建物は要塞の体を成し、どちらの側も神の権威をかざしていたので美術様式は人間性を排除したビザンチン様式でした。皇帝側が敗退し、教皇が政治の中心になります。争いが無くなったので建築は要塞の衣を捨てて窓を大きく取るようになり、価値の中心は神から人間へ向かいました。ルネッサンスはイタリア語で「リナシメント」、RINASCIMENTOです。複合語でRIは再び、NASCIMENTOは生まれるという意味の動詞NASCEREの名詞形です。つまり、「再び生まれる」。
 何が再び生まれたのかと言うと、「人間性」です。再び生まれたからにはすでにあったわけですが、どこにあったのでしょう。それは古代ローマにほかなりません。ルネッサンスの芸術家達はこぞって古代ローマ美術に範を求めました。
 千年もの間、平面的で人間性を欠いたビザンチン美術を見慣れた目に、当時は地方であったローマだったからこそ残っていたのです。

 数々の遺跡にあったリアルな彫刻群やフレスコ画を見た芸術家の感動を想像すると、そのことが感動を呼びます。人間回帰の機運が高まるわけですが、ただし、表向きは神の権威は絶対ですから、興味の中心を人間に移した偉大な芸術家達は自分たちの作品の中に人間への興味、そこから来た探求、探求の結果の科学的知識を隠しました。隠したものを発見していくのもルネッサンス美術を見る上での楽しみでもあります。
 ローマがルネサンスを語るにふさわしいのは、ローマが最盛期のルネサンスの中心であり、街がある時代に限られず、ルネサンスが目標とした古代ローマから近代までの建物や作品が残り、歴史の流れの中に身を置くことができるからです。これはローマの大きな特徴となっています。

『ルネサンスと対比される中世期の美術』
サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂
 ローマの五大聖堂の一つで、名称は「城壁外の聖ラウレンティウス(ロレンツォ)大聖堂」を意味します。3世紀に殉教した聖ロレンツォの墓の上に建設され教会です。聖堂はサン・ロレンツォの生涯を描いたフレスコ画で飾られています。
 コンスタンティヌス帝がキリスト教を公認してすぐに建設された聖堂で、当時の大型建築法であるバシリカ方式(長方形で柱廊二辺に支えられる)で出来ています。

 詳しくは→こちらから

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
 カソリック信仰において、特に大切にされている聖母マリアを祀っています。この聖堂は、聖母マリアにささげられた聖堂の中で最も重要と考えられています。ローマのバシリカ様式の聖堂では唯一原構造を残している貴重な建築物です。

 詳しくは→こちらから

<サンクレメンテ教会>
 教会は第4代法王、クレメンテ(在位西暦88年から97年)に捧げられたものです。敷地は三層になっていて、一番深いところは古代ローマ時代に人気のあったミトラ神とその集会所、カタコンベもあり、中層は初期キリスト教会の遺構が残っています。また12世紀の中世の教会美術品として床一面や後陣に見られる金色に輝くモザイクや中世のフレスコ画が残っています。

『ルネサンスの美術』
バチカン美術館
ベルベデーレのトルソ
 首・手・足のない、胴体だけの彫刻をトルソと呼びます。カラカラ浴場にあったトルソで、自身を彫刻家であると考えていたミケランジェロが、惚れ込んだ彫刻。「存在の重み」があれば、部分、断片であっても、作品は成立することを示したもので、この概念をこれほど完全に伝える彫刻は他にありません。デッサンのモチーフとしてたびたび描かれる彫刻です。
 詳しくは→こちらから

ラファエロの間
 ラファエロとその弟子たちによる作品がある4つの部屋の総称です。ここにはルネッサンス最盛期のフレスコ画が並んでいます。
○ 大壁画「ミルヴィオ橋の戦い」
 2人のローマ皇帝コンスタンティヌス1世とマクセンティウスとの戦いを描いたもので、キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝を唯一の皇帝にした戦いです。コンスタンティヌス帝が首都をローマから今のイスタンブールに移したことでローマ帝国が二分され、ローマが留守になり法王の権力を強めるきっかけになりました。 ラファエロが下書きをし、弟子たちが仕上げたと言われています。
○ 「アテネの学堂」
 古代ギリシアの賢人達を一堂に集めて描かれたフレスコ画です。ルネサンス最盛期の古典的精神を具現化したものと評価されており、天才・ラファエロの最高傑作と言われています。賢人たちには、当時の巨匠たちがモデルとして描かれています。

システィーナ礼拝堂
 15世紀末に、シクストゥス4世が建て直させた建物で、ルネサンス建築の代表作。内部にミケランジェロの2点のフレスコ画、「システィーナ礼拝堂天井画」、祭壇壁画「最後の審判」があります。
 ミケランジェロ自身は絵画作品を軽視していましたが、西洋美術界に非常に大きな影響を与えた2点のフレスコ画、「システィーナ礼拝堂天井画」、祭壇壁画「最後の審判」を残しています。「システィーナ礼拝堂天井画」職人であった絵かきが芸術家になったと言われる作品です。依頼主の教会の意向を無視して、隠し絵で科学的な表現を行っています。「最後の審判」は、ダイナミックな構図で、後のマニエリスムの始まりとなった作品です。

サンピエトロ大聖堂
 ミケランジェロの最も有名な彫刻は「ピエタ」と「ダヴィデ像」(フィレンツェ・アカデミア美術館)と言われています。このうち死んで十字架 から降ろされたキリストを抱く聖母マリアをモチーフとしたピエタは、サンピエトロ大聖堂にあります。ミケランジェロ23歳の時の作品で、これによってミケランジェロの名声が確立されました。

 ミケランジェロは74歳のときに当時改築中だったサン・ピエトロ大聖堂の主任建築家に任命されました。このときミケランジェロは従前の設計を変更し、建物西側(奥)はミケランジェロの設計どおりに建てられています。

 詳しくは→こちらから

サン・タゴスティーノ教会
 14世紀、聖アゴスティーノに捧げるために創建された教会です。 1479年〜1483年にかけて、枢機卿ジローム・デストゥトヴィル(Guillaume d'Estouteville)の資金提供によって、改増築された初期ルネッサンス様式の建物です。

 カラヴァッジョ「巡礼のマリア(ロレートの聖母)」、ラファエロ「預言者イザヤ」、ベルニーニ「天使像」などの作品があることで有名です。

 詳しくは→こちらから

ヴェネチア宮殿
 初期ルネサンス様式の宮殿。ローマ教皇パウルス2世となる枢機卿の館として建造されました。
 16世紀半ばから18世紀末まで、ヴェネチア共和国の大使館として使用されたことから命名されている。現在はルネサンス期を中心とした陶磁器、彫刻、タペストリー、武具などを展示する博物館となっています。

カンチェッレリア宮
 1485年にラファエレ枢機卿が金に糸目をつけずに造らせた初期ルネッサンス建築の代表である宮殿です。簡素に見えるますが、歴代法王が贅の限りを尽くした内装となっています。ヴァザーリが100日間で完成させたという「100日の間」と呼ばれる部屋もあります。長方形の中庭はブラマンテのデザインによる初期ルネッサンス様式の回廊が連なっています。回廊はカフェとなっており、入ることが出来ますが、内部は今も法王庁が使っていて、公開されていません。世界遺産に指定されています。

バルベリーニ宮(Palazzo Barberini)
 ローマのバロック建築の中でも最も美しいものの一つです。バロック建築の先駆者マデルノ とバロック期を代表する芸術家で建築家のベルニーニによって建築されました。現在は、国立絵画館となっており、ラファエロが恋人を描いたと言われる「フォ ルナリーナ」、ルネサンスのフィレンツェを代表するフィリッポ・リッピの「聖母子」、バロック絵画の巨匠カラヴァッジオの「ユディットとホロフェルネス」 など13世紀から18世紀にかけての作品が揃っています。
 映画ローマの休日」では、アン王女の滞在先の大使館という設定となった場所です。

コルシーニ宮(Villa Corsini)
 トラステベレのセッティミアーナ門を通り抜けたところにあるコルシーニ宮(Villa Corsini)です。1500年代初頭の大司教の住まい。後、1600年代にはスェーデン女王の住まいで増築しました。さらに、1700年代にはフィレンツェ出身の富豪、その後、教皇になった人の住まいとなっています。
 コルシーニ宮は、現在国立古代絵画美術館となっており、中世の終わり、初期ルネッサンス、盛期ルネッサンス、後期ルネッサンス/初期バロックの絵画が並んでいます。
 コルシーニ宮のホームページは→こちらから

 

カンピドリオ広場
 カンピドリオの丘にあるミケランジェロが設計した広場です。中心にはマルクス・アウレリウス像、その周囲をカピトリーノ美術館、コンセルヴァトーリ宮殿などが取り巻いています。ミケランジェロはカンピドリオ広場の設計にあたって、複数の異なった形の建物を、ひとつの明快な対称軸線上に統合することで、建築史上初めて、バロック様式の広場を提案しました。この設計手法は後に、ベルニーニによって、サン・ピエトロ広場で引き継がれています。

日本人ガイドが案内する「ルネサンスの芸術をローマでじっくり見る」コース
 1500年代に「ローマ」として機能していた地域(右図の赤い部分)、特に川沿いのトラステベレ地域(地図上やや下方、河の中島界隈の地域)に集中して、ルネッサンス様式の建物(当時の有力者の屋敷)とそのコレクションである絵画から特にこのテーマにあったものを抜粋して見学/鑑賞して頂きます。

ルネサンスと貴族の暮らし
9時ホテル出発→9時半・Villa Farnesina(1500年代初期、シエナ出身の富豪銀行家の館)見学。ラファエロの壁画を見学。→10時半Porta Settimiana(セッティミアーナ門)を見学。→11時コルシーニ宮(Villa Corsini)を見学して貴族の生活に思いを馳せて頂きます。→13時リストランテ・四大河(Ristorante 4 Fiumi)ルネサンス様式のまま残っているピッツェリアにご案内して、解散とします。

料金(税別):4人迄150ユーロ(市内交通費、飲食費、美術館入館料は含んでいません)

ルネサンスの芸術をローマでじっくり見る
9時ホテル出発→9時半・バルベリーニ宮。ルネサンス絵画を堪能して頂きます。→11時サン・タゴスティーノ教会。ルネサンスの時代の人々の生き方を解説します。→12時ブラスキ宮。→13時リストランテ・四大河(Ristorante 4 Fiumi)ルネサンス様式のまま残っているピッツェリアで昼食→14時半Villa Farnesina(1500年代初期、シエナ出身の富豪銀行家の館)見学。ラファエロの壁画を見学。→15時半Porta Settimiana(セッティミアーナ門)を見学。→16時コルシーニ宮(Villa Corsini)を見学して貴族の生活に思いを馳せて頂きます。→17時半ホテルにご案内

料金(税別):4人迄300ユーロ(市内交通費、飲食費、美術館入館料は含んでいません)