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フィレンツェ
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サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(ドゥオモ)


 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は、イタリアのフィレンツェにあるキリスト教・カトリックの教会です。フィレンツェの大司教座聖堂であり、大聖堂(ドゥオモ)、サン・ジョヴァンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼の三つの建築物で構成されています。教会の名は花の都フィレンツェにちなみ「花の聖母マリア」の意味となっており、フィレンツェを代表する教会です。


 最初の教会堂は4世紀から5世紀に古代ローマ時代のドムス跡に建設されましたが、現在の聖堂のクーポラ(円塔)を持つ大聖堂ドゥオモは、13世紀末から約200年かけて建設されました。

 聖堂の大きなクーポラ(円塔)は15世紀にルネサンス期の代表的建築家フィリッポ・ブルネレスキによって建設されたものです。クーポラは木の仮枠を組まずに作られた世界で最初のドームであり、建設当時世界最大のものでした。

  ドゥーモ美術館には数多くの絵画、美術品が収められていますが、ミケランジェロが最後に手掛けた「ピエタ」は必見です。


 また、教会の鐘楼は、イタリア・ルネサンスへの先鞭を付けた偉大な芸術家ジョットが建築を進めたもので、ジョットの鐘楼と呼ばれています。

 ジョットはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の建築責任者に任命され、1334年に自身の名を冠して呼ばれるジョットの鐘楼の建築に着手しました。ジョットが建築中途で死去したこともあり、ジョット自身が設計したデザインでは完成していませんが、その名前が残っています。

 ルネサンス期に栄えたフィレンツェ共和国の中心にあり、この教会には、様々な逸話が残されています。

 パッツィ家とメディチ家の対立が激化し、1478年にサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の復活祭ミサで、パッツィ家に組する暗殺者がメディチ兄弟を襲った事件は、パッツィ家の陰謀として、今も伝えられています。この結果、メディチ家の支配が確立されるとともに、パッツィ家と結んでいた教皇とフィレンツェの間で二年におよぶパッツィ戦争が勃発しています。

 また、神曲で知られるダンテが、聖ジョヴァンニ洗礼堂の大理石の水盤にはまった子供を、斧をふるってその水盤を破壊し、子供の命を助け、その後、水盤を壊したことで非難されたことでも、知られています。

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