ジェラートの発明家ブォンタレンティ

 時をさかのぼること、16世紀のフィレンツェはメディチ家の君主コジモ1世の統治下にありました。メディチ家のお抱え建築家、彫刻家、画家、軍事エンジニア、演劇デザイナーであったフィレンツェ生まれのベルナルド・ティマンテ・ブォナコルシ(Bernardo Timante Buonacorsi、1531年‐1608年)は、その多彩な才能ゆえに、ベルナルド・ブォンタレンティ(Bernardo Buontalenti)と呼ばれるようになりました。 ブォンタレンティのブォンは良いとかすばらしいという意味、そしてタレンティというのは才能の複数形です。
 
 ルネサンスの天才といえばレオナルド・ダ・ヴィンチが筆頭に挙げられますが、フィレンツェで16世紀に活躍したベルナルド・ブォンタレンティも後世に残る数多くの発明と功績を残しました。
 例えば、フィレンツェのウフィッツィ美術館内にある八角形の小部屋トリブーナ(特別展示室)は、真珠貝を散りばめた天蓋が宝石箱のように美しく、空気、水、火、土の四元素をモチーフにしてブォンタレンティが設計したものです。類まれな発想力は、同じくフィレンツェのボーボリ庭園にある洞窟を模倣した見事なブォンタレンティの洞窟にも見て取ることができます。
 奇想天外な発想を形にする才能に恵まれたブォンタレンティの功績の一つにジェラート製造機の発明があります。 木製の桶に氷と塩を入れて氷点下にし、ジェラートの材料を入れた熱伝導率の良い銅の容器をその中に入れて、手動式で攪拌するジェラート製造機を作ったと伝えられています。氷に塩を混ぜるとマイナス20度くらいにまで急激に下がることは科学の実験でも証明されていますから、現代のような電気を使う冷凍庫やジェラートマシーンがない時代にも、アイデアさえあればジェラート作りも可能だったということなのでしょう。

 ブォンタレンティは、メディチ家の晩餐会の際には大がかりな演出をも含めた宴会係を任されていました。フィレンツェの伝統的なお菓子のズコットも、美食家であったブォンタレンティがメディチ家のある日の晩餐会の為に創作したレシピだと言われています。紀元前から氷や雪と果汁を混ぜたシャーベットに近いものは存在していましたが、ブォンタレンティが発明した卵やクリームを材料に用いたジェラートは、より現在のジェラートに近い斬新的なレシピだったのです。

 歴史的記述によれば、1600年にマリア・デ・メディチ(Maria de’Medici)とフランス王アンリ4世(Henri IV)の婚礼の際に国内外の主賓客にブォンタレンティ考案のクリーム系のジェラートを出したとされています。その頃、ブォンタレンティは60代後半になっていましたが、ブォンタレンティ考案のジェラートの歴史をひも解いてみると、それよりも前の20代後半に既にオリジナルのジェラートを宴会で出したという記述も見当たります。時は1595年のこと、ブォンタレンティ設計によるフィレンツェのべルヴェデーレ要塞完成の祝賀会で、卵黄、蜂蜜、牛乳、ベルガモットやレモンやオレンジの皮で風味づけしたワインを使ったジェラートのレシピをブォンタレンティが考案して宴会の席で出したそうです。

 1979年になるとブォンタレンティのジェラートコンテストが開かれ、生クリームを主原料としたフィレンツェのジェラート屋Badianiが優勝しました。配合は各店で異なるものの、砂糖、牛乳、卵、クリームのシンプルな食材で作られた『ブォンタレンティ(Gelato Buontalenti)』または『クレーマ・フィオレンティーナ(Crema Fiorentina)』という名前の美味しいジェラートを今日でもイタリアのジェラート屋で食べることができます。
→ブォンタレンティのジェラートが食べられるジェラート屋ANTICA GELATERIA FIORENTINA