フランチェスコ・トッティ

このコーナーでは、これまで監督について書いてきたが、今回のイラスト&エッセイでは、フランチェスコ・トッティにカラビニエーレの制服で登場してもらった。カラビニエーレとはイタリア語で国家警察、憲兵のことである。

別にトッティが憲兵のように怖いお兄ちゃんだから制服を着せたのではない。 トッティを主人公にした笑い話の本がイタリアでヒットし、日本でも翻訳されたのをご存知の方も多いと思う。 イタリアでは、昔から笑い話の主人公というと、ケチな話にはジェノベーゼ(ジェノバ出身者)、間抜けな話にはカラビニエーレと相場が決まっている。 そこへトッティがカラビニエーレに代わって、イタリア版与太郎として割り込んで来たのだ。

ローマやイタリア代表のユニフォームを着たピッチ上のトッティを見ていると、あの速い動きの中での一瞬の判断力や、相手の挑発に直ぐに反応する性質等、善きにつけ悪きにつけ、「打てば響く」タイプなのだが、一歩グラウンドを下りたトッティからは「打てば響く」には程遠い、ちょっと間の抜けたような印象を受ける。 だから下町のローマ弁丸出しで、鼻先から思考力が漏れてしまっているような表情をするトッティが、カラビニエーレに代わって笑い話の主人公に抜擢された事は、イタリア人からすると、非常に納得出来る事だと言える。

日本でトッティがカッコいい選手の1人に評価されていることは、一般のイタリア人にとっても、僕にとっても不思議な気がするのだが、恐らく、日本のファンはトッティのピッチ上の映像しかほとんど目にする機会がない為だと思われる。 イラストのトッティは「AOH!」と叫んでいるが、「AOH!」とはローマ弁で「おい!」英語の「HEY!」に値する言葉だが、「HEY!」のようにスマートではなく、何とも泥臭いコテコテのローマ弁だ。イタリアの名優・故アルベルト・ソルディが出演する60年代のローマを舞台にした映画や、現代のカルロ・ベルドーネが自ら監督主演する映画を観ると、必ず「AOH!」がスクリーンの中から聞こえてくる。 イタリアサッカー界で、この「AOH!」を連発する人物というと、まず思い浮かべるのは次の2人である。中田のペルージャ時代とボローニャ時代の監督だった人であり、トッティの恩師でもあるマッツォーネとトッティだ。 トッティが出場する試合を観る時には、彼の口元に注意しよう。そして、もし実際にスタジアムで観戦する機会があるのなら、ピッチに一番近い席に座れば、トッティの「AOH!」が生で聞けるかもしれない。

さて選手としてのトッティだが、パワーと繊細さを兼ね備えた、世界レベルの選手だと言える。遠距離からの弾丸シュートや、PKなどで見せるCUCCHIAIO(スプーンの意味)と呼ばれるロビングシュートのように、剛と柔の秀でたプレーがトッティの足から繰り出される。しかし残念なことに、その能力がここ1番の試合、ファンが期待している時に発揮される事が稀である。冷静さを保てないという致命的な欠点が顔を出すのだ。

2年前にポルトガルで開催されたヨーロッパ選手権でのトッティを思い浮かべれば分かるだろう。初戦のデンマーク戦で、トッティに対する挑発とも思える執拗なマークを続けた相手選手に対して、トッティは唾を吐きかけた。この唾吐き行為は、試合中は誰も気が付かなかったのだが、デンマークのTV局が映像を流したために発覚、トッティは出場停止処分を受けてしまった。世界中のサッカーファンの前で、致命的な欠点を披露してしまったのだ。この事件後、重要な試合では頼りにならない選手、という評価が定着してしまった。あれから2年後、さすがに唾吐き行為はしていないが、サッカー選手としてはベテランの域に近づいた現在も、相手の挑発に乗りやすい性格は直っていない。だから来年ドイツで開催されるWカップでも、イタリア代表の中心メンバーには違いがないのだが、関係者やファンとも、これまでのようにトッティに対して過度の期待を懸けていないというのが実情だ。

しかし、今年11月にパパになったトッティなのだから、少しは人間として成長したところを来年のWカップで見せてくれるかもしれない。 (了)